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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)5609号 判決 1993年4月12日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

一  事実経過

証拠によれば、次の事実が認められる(便宜、争いのない事実も併せ掲記する。)。

1  (当事者)

原告は、大阪経済大学を卒業し、本件当時パン屋を経営していた五三歳の男性であり、株式取引は、昭和六三年九月ころの東武鉄道株五〇〇〇株を手始めに開始し、親の遺産の株式を運用してきていた。運用方法は、親の代から世話になつている黒川木徳証券の菱谷という人物の勧めに従つていた。

被告山村は、本件当時被告山一証券千里中央支店の次長であり、本件直前の平成二年八月に新宿西口支店から転任してきたばかりであつた。また、佃は、本件当時入社二年目の被告山一証券の従業員で、顧客の新規開拓を担当していた。

2  (原告と被告山一証券の取引)

本件当時、佃は、週に一度くらいの割合で原告を訪問し、原告は、佃の勧めにより、平成元年一二月以降、ワラント債を四単位、株式を五〇〇〇株購入していた。

3  (本州製紙株の状況)

本州製紙株は、平成元年一一月までは一株一〇〇〇円弱で推移し、出来高も安定していたが、同年一二月以降、急激に株価及び出来高が上昇し、平成二年五月には株価が二〇〇〇円を、七月には三〇〇〇円を突破し、七月一〇日には、東京証券取引所から、加熱銘柄であるとして注意銘柄に指定されたが、それ以後も、株価は急激に上昇し、八月には四〇〇〇円を突破し、八月三〇日には五〇二〇円の最高値をつけたが、以後急落し、一〇月初めには三〇〇〇円を割るに至つた(成立に争いのない乙第一一号証の一及び二〔本州製紙株のチャート〕)。

このような株価の動きから、本州製紙株は、いわゆる仕手株として注目を集めていた。

4  (被告山村と本州製紙株の関係)

被告山村は、新宿西口支店時代の部下の客に、本州製紙株の仕手集団である加藤<名前略>に近い人物がおり、その客を通じて入つてくる仕手筋の情報に基づき、新宿西口支店時代には、一〇人程度の客に本州製紙株を勧めていた。また、千里中央支店に転任してきてからも、右情報を入手し、佃を初めとする部下の営業マンに右情報を話すとともに、顧客に本州製紙株を勧めることもあり、千里中央支店で本州製紙株を買つた客は七名いた。

5  (本件当日のやりとり)

佃は、平成二年八月三一日(金曜日)の午前八時四五分ころ、原告に電話をかけ、初めて本州製紙株の買いを勧めた。その際、佃は、次長の被告山村が加藤<名前略>のグループと連絡を取つており、日頃から本州製紙株の終値を当てることもよくあり、何かあつたら自分が責任を持つと言つていること、九月の第一週(翌週)に売り本尊の買い戻しの期日が来るが、浮動株の六〇パーセントを買い本尊である加藤グループが押さえているので、値上がりが確実であり、今日中に買わないと値が飛ぶこと、売る時期についても、情報を仕入れた上で別途指示すること、戦争さえなければ一〇〇パーセント大丈夫であることを話して勧誘し、原告が信用取引をしていない被告山一証券では、当日中に買える量に限度があるので、他の証券会社で目一杯信用枠を使つて買うよう勧めた。

原告は、右電話の時点で、本州製紙株が仕手株であり、前日に五〇〇〇円の最高値をつけた事実を知つていた。また、原告は、佃があまり本州製紙株のことを知らなかつたので、これは被告山村の受け売りだと思い、佃の言葉だけでは信用できないので、とりあえず被告山村に会わせるよう頼んだ。しかし、佃が、今日中に買わないと週が明ければ値が飛ぶとしつこく言うので、原告は、午前中に立花証券で五〇〇〇株を買つた(その詳細は別紙の通り。)。

同日の昼前に、佃が原告方を訪れたが、被告山村は同行していなかつた。原告は、佃が持参した被告山村の名刺を見て、同人が実在の人物であることを確認し、さらに佃が買い増しを強く勧めるので、さらに大阪の黒川木徳証券で買うことにした。黒川木徳証券では、担当の菱谷から、本州製紙株の購入に反対され、買うにしても、少々値が下がつても追証がかからないよう、信用枠一杯での購入はしないようにと諌められ、二〇〇〇株を買うに留めた(その詳細は別紙の通り。)。

(《証拠略》)

これに対し、被告らは、八月三一日は、原告の方から佃に本州製紙株を買うタイミングを教えて欲しいと言つてきたので、佃が「買うなら今日だと思う。」と答えたに過ぎない旨主張し、それに沿う証拠として、乙第一二号証(佃の被告山一証券に対する平成二年一一月二八日付け報告書)を提出する。しかし、<1>佃は、本件直後の平成二年一〇月半ばころに、原告から本件の経緯についての説明を求められ、テープによる録音を同意した上で、甲第一号証とほぼ同じ内容の説明をしたと認められること、<2>乙第一二号証は、佃が、上司から本件の説明を求められて書いたものであること、<3>乙第一二号証は、本件の顛末を記載したものである割には、佃が本州製紙株を勧めた文句や、原告が他の証券会社で買うに至つた経緯など、重要な点が記載されておらず、抽象的な内容に留まつていること、<4>佃は、被告山一証券を退職した後の法廷で、甲第一号証の内容が正しい旨証言していること、に照らし、乙第一二号証の内容は、にわかに信用できない。

6  (本州製紙株の暴落)

本州製紙株の相場は、原告の購入後は低落し、ことに平成二年一〇月に入つて急落し、追証が必要になつたので、原告は、一〇月の一日と二日に現物一〇〇〇株を売却し、信用五〇〇〇株を手仕舞いし、さらに一一月九日に残る現物一〇〇〇株を売却し、これにより、損失が一二〇七万六二五一円と確定した(その詳細は別紙の通り。)。

二  右事実に基づき判断する。

1  証券取引法一二六条の責任について

原告は、被告山村及び佃が証券取引法一二五条二項一号又は二号違反の行為をしていたと主張する。しかしながら、まず、一号については、「当該有価証券の相場を変動させるべき一連の有価証券の売買取引の受託をすること」が必要であるところ、本件の八月三一日以前の被告山一証券千里中央支店での本州製紙株の取引量は、多いときで東京証券取引市場の約〇・八パーセント(八月三一日)又は約一パーセント(八月二四日)に過ぎないのであり、単独では相場を変動させるべきものとは言えない。したがつて、被告山村が連絡を取つていたという加藤グループの取引量が明らかでない以上、右要件を認めるに足りる証拠はないと言わざるを得ない。

次に二号については、千里中央支店において、被告山村の勧誘によつて本州製紙株を購入した客は七名おり、被告山村自身や部下の営業マンが仕手筋の情報を説明して勧誘した客はこれより多いと推認できるから、被告山村は、本州製紙株の売買取引を誘因する目的をもつて、右株式の相場が他人の市場操作によつて変動するべき旨を流布したものというべきである。しかし、証券取引法一二六条の責任が生じるためには、損害を受けた者が、相場操縦行為によつて形成された価格で売買取引をすることが必要であるところ、原告が本州製紙株を購入した価格が、被告山村による右流布行為によつて形成されたものであると認めるに足りる証拠はない。

したがつて、証券取引法一二六条による責任は認められない。

2  不法行為責任について

前記認定事実によれば、佃が原告に勧めたのは、いわゆる仕手株であり、その際には、次長の被告山村が買い本尊の加藤<名前略>グループと連絡を取つており、その情報によると、売り本尊側の買い戻しの期日が来るが、浮動株の六〇パーセントを買い本尊が押さえているので、株価は上がるしかないといつた、いわゆる仕手筋情報を告げたことが認められる。

このように、<1>情報の源が仕手筋の中心に近い人物で、被告山一証券の支店次長がその人物と直接に連絡を取つているという情報の具体性や、<2>右情報が、通常の株情報とは異なり、人為的に株価が操作されるかの如き内容であるという点からすると、右情報を、何らの留保なく告げれば、普通の一般投資家である原告(原告が、従来頻繁に株式取引をしていたとか、仕手株の取引をしていたなどということを認めるに足りる証拠はない。)が、その情報を信じ、株式の危険性に対する認識を誤りかねないところであると言える。しかも、<3>株価操作情報を流して株式取引を勧めるなどというのは、証券会社の従業員の言動として極めて不健全な行為であり、公益的見地からしても重大な問題がある。

しかし、本件では、佃の勧めによつて、原告が他の証券会社に株式の購入を委託しており、佃も原告が被告山一証券ではなく他の証券会社に委託することを前提に購入を勧めたという特殊な事情がある。

証券会社の顧客に対する取引の勧誘は、一般に、その勧誘により、自己がその取引の委託を受け、手数料収入を得ることを目的とするものであるから、自己への委託を行わせるべく、強引あるいは詐欺的であるなど、その態様、方法において違法性を帯びた勧誘が行われる危険がある。この危険に備えて、証券取引法あるいは公正慣習規則は、証券会社が自らの利益を挙げるために行き過ぎた勧誘をしないようにさまざまな規制をしているのであつて、自己が受託することを目的としない勧誘は、証券会社として、社会的、公益的には問題となるような態様、方法の勧誘であつても、当該勧誘を受けた顧客に対する違法な行為とは直ちには言い得ないものと解される。即ち、証券会社は、世間一般に対し、抽象的一般的に、注意義務を負うのではなく、相場操縦を目的として故意に虚偽情報を流すなどの特段の事情のある場合は別論として(本件がこの場合に当たらないことは既に述べたとおりである。)、原則として、右の受託契約の成立を前提として、右契約の締結過程ないしは履行過程において、証券会社が受託者として遵守すべき注意義務に反した場合に、初めて、その顧客に対する契約上または不法行為法上の違法行為があつたものとして、賠償責任を負うこととなると言うべきである。ある勧誘行為において公益上の規制に反する違法の点があつたとしても、被勧誘者が、当該勧誘をした証券会社と契約せずに、他の証券会社と契約した場合には、被勧誘者は、他の証券会社の投資意見を聴取するなどして、勧誘した証券会社の勧誘文言を検証し、投資の是非を検討する機会があるからである。

本件では、佃は、本件の勧誘をした際、原告から、その勧誘に従つて他の証券会社に委託して行う本州製紙株の取引で利益が出れば、被告山一証券との取引を拡大するとの約束を得ているが、手数料収入を得る場合に比べれば、不確定かつ間接的な利益であるに留まり(現に、被告山一証券は、本件で何ら利益を受けていない。)、むしろ佃としては、右勧誘の際には、原告に儲けてもらうことが目的であつたのであつて、いわば善意の助言というべきものであつたといえる。もとより、佃に、原告を仕手戦に巻き込むなどといつた不当な目的があつたわけではないことは、佃証言から明らかである。

一方、原告は、現に、黒川木徳証券の担当者に、本州製紙株購入を諌められており、自らの投機意思で、本件株の取引を決断したものといえる。

以上のとおりであつて、佃の本件勧誘は、証券会社の従業員の行うものとして、問題があることは否定できないものの、原告に対して、不法行為となるものと言うことはできない。

そして、このように、佃の直接的勧誘行為すら違法とは言えない以上、その背後にいる被告山村の行為が、違法と言えないことはもちろんである(なお、原告は、九月に入つてからの佃や被告山村の言動をも問題にするが、原告の株式購入は八月三一日のみであり、以後の言動が、原告の購入の意思決定に影響を与えることはないから、その点は問題にならないというべきである。)。

三  以上の次第で、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下司正明 裁判官 西口 元 裁判官 高松宏之)

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